NOTES 何もない僕

ここでは、暗闇の中にある一点の小さな光を見つけようとする姿を表現していく。

共存に仕組まれた嘘

夢を追い求め信じた言葉達を、

打ち消す様にして大人に染められる。

それは成長という名の真実の打ち消しだった。

社会という仕組まれた自由に

組み込まれ逃げ場もなく、

ただ走り続けていた。

抱え込む一つ一つの葛藤は

共存の中では暗黙の了解の如く、

納得を忘れ、ただ刷り込まれる。

あらゆる嘘で生き抜き、

人々の心を踏み台にして成立する階級。

誰もが皆、力に押され変わっていく。

心を誤魔化す様にして打ち込む日常。

共存に仕組まれた嘘に翻弄される純粋な眼差しは、

汚されていく為に時を削る。

そして、不条理に満ちた事すら見失ってしまう。 

だから叫びは何一つ誰にも届かない。

悲しみの涙の意味はことごとく変化させられる。

それが人が独りで生きていけぬ証だから。 

何時の日か共存に仕組まれた嘘が

覆される希望を信じて、

共存に真実を仕組んでいくんだ。

 

 

* * 解説 * *

 僕にとって大人って嘘つきでしかないんだよね。それは子供の時から思っていたし、大人に対してたった一つの嘘や矛盾で不信になったり、深く傷付いたりした。教えられてきたことと違うじゃないか!って。だけど、それが繰り返されると「そんなもんなんだ」って納得ではない様な理解の仕方をする。それが社会なんだ、と。この詩で繰り返される「共存」っていうのは要するに「社会」っていう意味なんだよね。社会に組み込まれていくと嘘によって避けられる悲しみがあるんだって。だけど、それで良いのか?っていう一つのプロテストポエムを書きたかったのが今回の趣旨。その嘘によって避けられる悲しみは、また違う悲しみを生むわけであって、それがどんどん広がっているから「ストレス社会」とか言われるわけでしょ。だからこのまま何時か平和の言葉すら意味が変わってしまう様な気がするんだよね。でも、「ストレス社会」っていう言葉が出てきただけでも幸いな部分もあるし、それが当たり前なんだっていう価値観だけで成り立つ様な未来になってしまったら、後々人々は生きる事すらしなくなっちゃうよ、と。死んだ方がマシだ、と。自殺者が増えているのがそれが原因なんじゃないかな。

 

 昔はこうだったっていうのは、その時の時代背景や人々の心情が違うのだから、それを今の価値観に押し付けるのは間違っている。今は今、未来は未来でちゃんと区別つけないと、時代という環境は変わっているから、昔の価値観を押し付けていたら、時代に追い付かないよ、と。それをこの詩で伝えたかったんだよ。それを求めるのは未来の子供の為とかそう言うのじゃなくて、今を生きる大人である僕達の為にやらないと、何時まで経っても変わらない。僕達が幸せでなければ、子供達も幸せになれないよ、と。だから、「子供の為」っていう言葉は僕はあまり好きになれない。だったら、僕達自身の幸せを考えて、それを優しさとして与えていかないと何も伝わらない。子供は大人を見て育つのだから。だから、純粋な気持ちを見失ってはいけないし、何時までも持ち続けなくちゃいけないんだよね。